被ばくで傾いた塀

 1945年(昭和20)8月6日8時15分、島病院上空580mで爆発した原子爆弾は、爆発の瞬間最高数百万度の火の玉となる。 そして膨張していく火球の表面から発せられた衝撃波(爆風)は、爆心から3〜10キロメートルの間で秒速700m内外のすさまじいものであった。 (最大級の台風でも、瞬間風速は70〜80メートルである。)
 爆風は爆発の3〜4秒後、爆心から2.5キロメートルの位置にある当地を襲った。広島市立高等女学校(市女)の北側の塀は、北北東の方角から爆風を 受けたことになる。学校の北側周辺には、イモ畑が多く、木造家屋がまばらに立っていた。斜めの角度で爆風を受けたために、塀は倒壊を免れたが、鉄筋コンクリート の塀が曲がった形で残った。爆風のすさまじさを物語っている。